認知症施策の大きな転換点「新しい認知症観」とは?
日本の認知症施策は、今まさに歴史的な転換点を迎えています。
その羅針盤となるのが 「新しい認知症観」です。
ここでは、以下の2つのポイントから、「新しい認知症観」について解説します。
- 認知症に関する社会の見方の変化
- 医療モデルと生活モデルの攻防
認知症の始まりと対応の変化 ― ボケから認知症へ
認知症は「精神病」とされた時代
かつて日本では、高齢者の物忘れや混乱を「ボケ」と呼び、差別的に扱ってきました。
1970年代の小説『恍惚の人』(有吉佐和子)がベストセラーとなり社会に大きな衝撃を与えました。
「認知症は人格を失い、収容される存在」という誤った認識を広め、この時期、認知症は「精神病」扱いされ、多くの高齢者は精神科病院に長期入院させられ、地域から隔離されていたのです。
「痴呆症」から「認知症」へ
1980年代に入ると、長谷川和夫医師らによる「長谷川式簡易知能評価スケール」の開発など、医学的に評価・診断する仕組みが整い始めました。
2000年には「介護保険制度」が創設。
認知症介護は家族の負担ではなく、社会全体で支える仕組みへと変わりました。
2004年には「痴呆」という侮蔑的な言葉が正式に廃止され、「認知症」と呼び直されることとなります。
そして、2024年の「新しい認知症観」において、認知症の人を「何も出来ない、わからない人」から「ひとりの人間」として捉える第一歩となったのです。
医療モデルと生活モデルの攻防 ― 認知症施策の歴史的転換
医療モデルと生活モデルの違い
医療モデル:認知症を「病気」と捉え、治療・管理を中心に据える
生活モデル:認知症を「その人の人生の一部」と捉え、生活や役割を支援する
日本の認知症施策は、長年この2つの間で揺れ動いてきました。
「医療モデル」から「生活モデル」へ。視点の転換が、関係性を変える
この変化の背景には、「認知症を治療すべき“病気”と捉えるか(医療モデル)」、「その人らしさの一部として、暮らしを支えるか(生活モデル)」という、長年のせめぎ合いがありました。
そして、基本法では「予防」という言葉が前面から外され「生活モデル」へと大きく舵を切りました。
これは「予防が強調されると、『認知症になるのは自己責任』という空気が生まれ、今を生きる人との『共生』が後回しにされてしまう」という、当事者や家族の切実な声が反映された結果なのです。
「新しい認知症観」とは何か?
2024年に策定された「認知症施策推進基本計画」では、認知症のある人を次のように捉え直しました。
これは、従来の「認知症=何もできない人」という偏見を覆す大きな転換です。
「新しい認知症観」は、認知症の人を “支配の対象” から “共に生きる仲間”へと位置づけ直すものです。
従来の認知症観 | 新しい認知症観 |
---|---|
認知症は「病気」 | 加齢にともなう現象 |
治療や管理が中心 | 生活や役割の支援 |
当事者は介護対象 | 地域社会の一員 |
家族が代弁 | 本人の意思を尊重 |
入院や施設が前提 | 地域ので生活が前提 |
認知症のひとの尊厳を守るための大転換!
この大きな転換は、突然起きたわけではありません。 それは、国の過ちを認める異例の「反省文」から始まり、何よりも当事者の方々が、尊厳をかけて声を上げ続けた成果でした。
【第一幕】異例の反省文「6・18レポート」(2012年)
民主党政権下、厚生労働省のチームが「今後の認知症施策の方向性について」というレポートを発表 。 ここで「かつて、私たちは認知症の人を疎んじたり拘束するなど不当な扱いをしてきた」と、国のこれまでの施策の非を認める、異例の反省が述べられました 。 そして、病院中心の医療モデルを改め、「住み慣れた地域で暮らし続ける」生活モデルへの転換を宣言しました。 この流れは「オレンジプラン」に引き継がれます。
【第二幕】医療モデルの巻き返し(2015年~)
しかし、政権交代後、「国家戦略」の名のもとに「新オレンジプラン」が策定されると、状況は一変します。 精神科病院関係者などの意向が強く反映され、「専門的医療サービス」の重要性が強調されるなど、医療モデルへの揺り戻しが起こりました。 さらに2019年の「認知症施策推進大綱」では、「共生と予防」が両輪とされ、「予防」を前面に押し出すことで医療路線が維持されたのです。
【第三幕】当事者の声が、ついに国を動かす(~2024年)
この「予防」という言葉に、当事者たちは強く反発。
「予防を強調されると、認知症になったのが自己責任のように感じてしまう」
「日本認知症本人ワーキンググループ(JDWG)」などの当事者団体は、「私たち抜きに私たちのことを決めないで」をスローガンに、粘り強く声を上げ続けました。 スコットランドの当事者ジェイムズ・マキロップさんが訴えた「私を患者と呼ばないで」という言葉にも象徴されるように、これは世界的な人権運動の流れでもあったのです。 彼らの切実な訴えが超党派の議員を動かし、ついに2024年1月、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行されました。 この法律では、医療モデルが重視した「予防」が大きく後退し、生活モデルとしての「共生」が中心に据えられたのです。
その叫びは、「病気」としてではなく、「ひとりの人間」として生きたいという、当たり前の願いでした。
新しい認知症観がもたらす、本人・家族・社会のポジティブな変化
この視点を日々の関わりに少しだけ取り入れると、介護の風景は驚くほど変わります。
ご本人の変化:
「できること」に挑戦する意欲が芽生え、笑顔が増える。カフェの店員として働いたり、地域イベントで役割を担う姿も見られます。
ご家族・介護者の変化:
本人の意外な一面を発見し、声かけや関わり方が前向きになる。「介護が支配にならない」ことの大切さを理解し、関係性が改善します。
地域社会の変化:
認知症の人が普通に買い物や趣味活動に参加し、地域の一員として当たり前に存在する風景が広がります。精神科病院への長期入院は減り、地域ケアが主流になります。
私たちのプログラムで、「新しい認知症観」をあなたの力に
「新しい認知症観」は、単なるスローガンではありません。
ようやく当事者本人に主権が戻ったことを示す、大きな転換点です。
しかし、「認知症施策推進基本計画」には、「新しい認知症」の具体的な実施方法は示されていません。
その空白を埋めるのが、私たちの 「認知症介護の課題解決プログラム」です。
そして、国内で唯一、「新しい認知症観」を体験として学べるプログラムです。
認知科学に基づいた体験ワークから、介護者の「現実」と、当事者が感じる「現実」が異なることに気づきます。
その気づきが、当事者を尊重し、笑顔や意欲を引き出すケアにつながります。
「何をどのように変えればいいのか」
「意味は分かるんだけど、具体的な関わり方が分からない」
――そんな葛藤を抱えるご家族や介護職員にとって、知識だけでは届かない部分を補うのが、この体感型ワークショップです。
あなたの介護の苦しみの理由は「認知症」そのものではありません。
転機を無駄にせず、あなたの認知症の概念を変えて、本当のケアを“実践”してゆきましょう。